岡山地方裁判所 昭和55年(ワ)481号 判決 1985年6月21日
原告
濱野菊枝
ほか一名
被告
国
ほか一名
主文
一 原告らの被告らに対する請求は、いずれもこれを棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは各自、原告(兼原告亡濱野寛訴訟承継人)濱野菊枝に対し金一八七五万円及び内金一七六二万五〇〇〇円に対する昭和五三年一月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告亡濱野寛訴訟承継人濱野直彦に対し金六二五万円及び内金五八七万五〇〇〇円に対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、各支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 第一項について仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文同旨
2 敗訴の場合担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 本件事故の発生
(1) 日時 昭和五三年一月七日
(2) 場所 岡山県和気郡日生町大字寒河一〇九八番地の二先国道二五〇線道路上(以下本件道路という)
(3) 事故車 普通乗用自動車(岡五六に五三五七)
(4) 運転者 淵本一喜
(5) 被害者及び被害内容 訴外亡濱野孝二(当時一九歳)。脳挫傷により前同日午後七時五分頃死亡
(6) 態様 淵本において事故車を運転し、助手席に孝二を同乗させて日生方面から兵庫県赤穂市方面に向け時速約六〇キロメートルで東進中、前車を追越そうとハンドルを右に切つたところ、進路前方の約一二センチメートルの段差に乗り上げたためハンドルをとられ、右斜め前方に自車を逸走させ、進路右側の民家のブロック塀に自車を激突させたもの。
2 被告らの責任(本件道路の瑕疵)
(一) 本件道路は国道であるが、道路法一三条一項のいわゆる指定区間外であり、被告国の委託を受けた岡山県知事の管理にかかり、その管理費用は被告岡山県が負担していたものである。
(二) 本件道路は、昭和五一年一一月一八日、岡山県和気郡日生町寒河の兵庫県境付近を起点とし、本件現場付近を終点とするアスフアルト舗装修復工事が行われ、同工事は翌五二年二月二〇日竣工した。
(三) ところが、本件現場付近は、舗装工事の終点であつたため、新しく舗装された路面と従来の路面との継目部分に約一二センチメートルの高低差(段差)を生じ、同所付近を走行する車両が右段差に乗り上げてハンドルをとられ操縦の自由や車体の安定を失うなどの事故発生の危険な状況が発生していた。
(四) 加えて、本件現場付近は直線道路であるため昼間は比較的見通しはよいものの、夜間は同付近には民家もまばらで街灯もなく、走行車両の前照灯以外に何らの照明設備もなく、ほとんど暗闇に近い状態であつた。
(五) 被告国の機関としての岡山県知事は、前記事情を熟知していたのであるから、道路における交通の安全を確保すべき立場からも右段差を直ちに修理する等の措置を講ずるべきであつたのに、これを怠つたばかりか、段差付近に「徐行」あるいは「段差あり」等の標識を立てることなど道路の安全確保のための有効な方策を全く構ぜずこの危険な状態を放置したものであり、国道管理上の安全確保義務に違反したものである。
(六) よつて被告国は、本件道路の管理者として国家賠償法二条一項により、被告岡山県は本件道路管理費用負担者として同法三条一項により、それぞれ本件事故によつて前記被害者孝二及び原告らが蒙つた損害を賠償する責任がある。
3 損害
(一) 逸失利益 金三〇〇〇万円
(1) 孝二は、昭和三三年八月一六日生まれ、本件事故当時一九歳で近畿大学(四年制)一年在学中の健康な男子学生であつた。
厚生大臣官房統計調査部公表の昭和五三年簡易生命表によれば、もし本件事故にあわなければ孝二は少なくとも七三歳に達するまでの向後五四年間は生存し得、その範囲において、二二歳で大学卒業後六七歳に達するまでの四五年間は十分就労可能であつた。そして、孝二の右就労機関内に得ることができたはずの平均年収は、昭和五三年賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計旧大新大卒男子労働者の平均給与の年額金三六九万五三〇〇円を下らない。また、孝二の生活費は収入の二分の一を超えない。
したがつて、孝二の逸失利益はホフマン方式によると次のとおりである。
年収×ホフマン係数(死亡時から六七歳までの係数-死亡時から二二歳までの係数)×生活費割合
三六九万五三〇〇×二一・三九五×〇・五=三九五三万〇四七一
(2) 原告菊枝及び亡寛は孝二の両親で相続人であり、各二分の一の割合で右逸失利益請求権を相続した。
したがって、原告菊枝及び亡寛の逸失利益相続分はいずれも金一九七六万五二三五円となるが、とりあえずそのうちの金一五〇〇万円だけを各請求する。
(二) 原告菊枝及び亡寛の慰藉料 総額金八〇〇万円(各自金四〇〇万円)
孝二は原告菊枝らの次男で本件事故当時大学生であり、その将来を楽しみにしていた原告らは息子の急な事故死により、涙と墓参りに明け暮れる毎日を送つており、その精神的苦痛は甚大であつて、これを慰藉するには原告ら各自に対し、少なくとも金四〇〇万円が相当である。
(三) 葬儀費用 金五〇万円
原告菊枝及び亡寛は、孝二の葬儀費用として金五〇万円を出捐し、これを二分の一ずつ負担した。
(四) 弁護士費用 金七五万円づつ合計金一五〇万円
(五) 損害の填補 金一五〇〇万円
原告菊枝及び亡寛は、本件事故による孝二の死亡に伴い自動車損害賠償責任保険より金一五〇〇万円を受領し、各自、同金額の二分の一である金七五〇万円を弁護士費用を除く各自の右損害金に充当した。
(六) 以上によると、原告菊枝及び亡寛の各損害はそれぞれ金一二五〇万円となるところ、亡寛は昭和五九年三月一〇日死亡し、相続により承継人らにおいて各二分の一宛相続した。そこで、原告兼承継人菊枝の損害額は金一八七五万円で、弁護士費用を除いた部分は一七六二万五〇〇〇円となり、承継人直彦の損害額は金六二五万円で、弁護士費用を除いた部分は金五八七万五〇〇〇円となる。
4 よつて、原告らは被告らに対し、それぞれ右各金員及び弁護士費用を控除した各金員につき、本件事故の翌日である昭和五三年一月八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否並びに被告らの主張
1(一) 請求原因1の(1)ないし(5)の各事実は認める。
(二) 同1の(6)のうち、淵本一喜が本件事故車を運転し、孝二を同乗させて、日生方面から赤穂市方面に東進中、前車を追越そうとして右斜め前方に自車を逸走させ、進路右側の民家のブロツク塀に激突したことは認めるが、その余の事実は否認する。
2(一) 同2の(一)、(二)の各事実は認める。
(二) 同2の(三)ないし(六)の事実はいずれも争う。
3 同3の事実は全て不知、同4は争う。
4 (被告らの主張)
(一) 本件道路の状況(設置及び管理の瑕疵)について
(1) 本件現場付近は、原告ら主張のとおり行われたいわゆる昭和五一年度工事の終点部分であるが、右舗装補修工事はオーバーレイ工法、すなわち、在来のアスフアルト舗装の上に平均四センチメートルの厚さのアスフアルトで平坦性をとり、その上にさらに五センチメートル位のアスフアルトを重ねて舗装する工法により施行された。この工法によると、工事の起点と終点では在来の路面との間に約九センチメートルほどの高低差(段差)を生ずることになる。そこでこの高低差を解消するため段差部分に舗装に使うものと同じアスフアルトをゆるやかな勾配ですりつける工事(以下すりつけ工事という。)を行うのであるが、本件現場付近においても別紙図面のとおりすりつけ工事が施された。
すなわち、同図B点は、五一年度工事によつて新しく舗装された路面の終点であり、A点はB点から旧路面に向かつて二六〇センチメートルの地点であつて、このA点、B点間にすりつけ工事を行つて旧路面との高低差を解消したものである。
(2) なお、本件事故直後の警察による検証によると右高低差は一二センチメートルとされているが、これは、事故現場付近の道路が赤穂市方面に向かつてゆるやかな登り勾配になつているところ、A点、B点間の高低差を計測するにあたり、路面と平行に高低差を計測するのではなく、A点から水平に計測してB点との高低差を計測したことによるものであり、道路自体の勾配による高低差が加わつているものである。
(3) 以上のように、工事によつて生じた九センチメートルの高低差については、二六〇センチメートルの長さで道路全幅にわたり、通行車両に衝撃を与えないよう十分な配慮のもとに、ゆるやかな勾配のすりつけ工事を施していたものであり、本件事故当時原告ら主張の段差はなく、事故発生の危険は存在しなかつたのであるから、道路が本来具有すべき安全性に欠けるところはなかつたもので、従つて、本件道路の設置及び管理に何らの瑕疵はなかつた。
(二) 本件事故の原因について
本件事故は、もつぱら淵本の無謀運転と運転技術の未熟さによつて発生したものである。
すなわち、淵本は昭和五二年三月二日に運転免許を取得し、本件事故当時までの運転経験は断続的にわずか二ヶ月と二週間ほどであり、しかもその短期間のうちに速度違反、整備不良等の違反を繰り返している。また、同人は、本件事故車をわずか三回しか運転したことがなく、さらに夜間の運転の経験がなかつた。それにも拘らず、淵本と孝二は事故車を交互に運転してスピードを楽しんでいたものであるが、事故現場付近では淵本が運転して進行していたところ、同人は、本件道路は最高速度が時速四〇キロメートルと制限されており、また追越のための右側部分へのはみ出し運転が禁止されていたことを知りながら、あえて先行車を追越そうとして、少なくとも時速八〇キロメートルのスピードで追越をかけたため本件事故を惹起したものであり、その原因は、淵本の無謀な運転と未熟な運転技術によるものである。
(三)(1) 仮に、本件すりつけ部分の存在が本件事故の発生に対してその一因をなしているとしても、それは以下に述べるように国家賠償法二条一項にいう公の営造物の設置又は管理の瑕疵には当たらない。同法にいう瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうとされ、瑕疵があつたかどうかは、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきものであり、当該営造物の状況と現に発生した事故の原因、態様との相関関係において、営造物の設置・管理者にどの程度の事故防止に対する配慮が要求されていると見るべきかの考慮をしなければならず、要するに公の営造物といえども、あらゆる事故に備えて絶対安全であることまで要求されるものではなく、通常予想される危険性に備えておけば必要にして十分と考えるべきである。
さらに、公の営造物に設置又は管理の瑕疵があるというためには、その前提として利用者が当該営造物をその「本来の用法に即して利用した」という関係が存することが必要であり、営造物管理者の予想を超えて異常な行動をし、その結果生じた事故についてまで営造物管理の責任を負うものではない。これは、およそ社会における施設は、それぞれ異なつた立場、すなわち、設置者と利用者の立場における注意すべき者の守備領域の分担においてその効用を全うしているといつてよいのである。すなわち、公の施設を利用する場合、例えば、遊具としてのブランコや鉄棒でさえ、その用法を誤れば危険なものとなるごとく、その守備領域には相覆う部分はあるとしても、これを一方の全面的守備範囲に押しつけることによつて賠償責任を負わすことは妥当でないということも、ここから導かれる。
かかる観点から本件をみるに、本件事故はもつぱら、淵本の前記のとおりの無謀運転という通常の用法に即しない行動の結果生じた事故というべきであり、道路の設置又は管理に瑕疵があつたとする主張は、いわば孝二の死亡という結果から即、管理者に責任があるという立論であつて失当というべきである。
(2) すりつけ工事部分の存在と本件事故発生との間には相当因果関係がない。
すなわち、本件事故の原因は、前述のように淵本の異常な高速による追越しという無謀な運転と運転技術の未熟から生じた自招行為であるから、すりつけ工事部分の存在が道路の瑕疵にあたるとしても、右瑕疵と本件事故発生との間には相当因果関係がないというべきである。
(四) さらに、仮に被告らに何らかの責任があるとしても、孝二は、自らもスピードを楽しむため、わざわざ友人からスピードの出る車を借り淵本と交互に運転して乗り回していたものであり、事故当時は助手席に同乗していたが、淵本が運転未熟であることは知悉していたものであり、淵本の本件事故発生の起因となつた暴走、追越しという危険な運行は、いわば両人の共同行為であり、さもなくばこれを容認していたものと推認される。そうであれば淵本の右重大な過失は法的には孝二の重大な過失と同視し得るものであるから、損害賠償額の算定にあたり相当重く斟酌されるべきである。
第三証拠
証拠の関係は、本件記録中書証目録等記載のとおりである。
理由
一 本件事故の発生について
請求原因1の(1)ないし(5)の各事実、及び同(6)の事実のうち、淵本一喜(以下単に淵本という。)において本件事故車を運転し、助手席に被害者濱野孝二を同乗させて日生方面から赤穂市方面に向けて進行中、先行していた車両を追越そうとした際、右斜め前方に自車を逸走させ、進路右側の民家のブロツク塀に衝突させたことは当事者間に争いがない。
二 請求原因2の(一)の事実は当事者間に争いがないところ、原告らは、本件事故の原因は、本件事故現場の道路上に新たに舗装された部分と元の道路との継ぎ目部分に段差が存在し、これにハンドルをとられて車が逸走したことにあり、右段差の存在は営造物の瑕疵にあたり、被告らにおける道路の設置及び管理に瑕疵があつた旨主張する。そこで、以下本件道路状況及び本件事故の態様について順次検討する。
成立に争いのない甲第一号証、同第二号証の一、二、同第三号証、同第四号証、同第八号証の一、二、同第一二号証、丙第六号証、弁論の全趣旨により成立を認める甲第九号証ないし第一一号証、丙第一号証ないし第四号証(但し、以上につきいずれも本件現場を撮影した写真であることは当事者間に争いがない)、同第七号証、同第八号証の一、二、証人山本強の証言及びこれにより成立を認める丙第五号証、証人淵本芳太郎、同淵本正毅、同守屋忠男、同松島武重、同片山実の各証言、並びに、分離前相被告淵本一喜本人尋問の結果を総合すると次の事実を認めることができる。
1 本件道路状況について
(一) 本件事故現場付近は、昭和五一年一一月一八日から同五二年二月二〇日までの間、岡山県和気群日生町寒河の兵庫県境付近から施行されたアスフアルト舗装修復工事の終点付近にあたる(以上の事実は当事者間に争いがない)が、右舗装工事は、旧来の路面にアスフアルトを重ねて舗装するオーバーレイ工法によつて施行された。右工法によると、本件においては工事の終点部分で旧来の路面との間に約九・二センチメートルの段差が生ずることになるところ、これを解消するため段差部分に舗装工事に使用するものと同じアスフアルトを充填するようにすりつけてゆるやかな勾配とする、いわゆるすりつけ工事を施し、別紙図面のとおり工事終点部分(B点)から旧来の路面の方向約二六〇センチメートル(A点)にわたり右すりつけ工事がなされていた。(なお、前掲甲第一号証、同第二号証の一、二には舗装面と旧来の路面との高低差が約一二センチメートルとされているが、右は道路の上り勾配に基づく高低差が含まれているもので、舗装工事によつて生じた高低差は右のとおり約九・二センチメートルと認められる。)
(二) 右すりつけ工事が施されてから本件事故までの間、本件現場付近を通行した車両の総数は約一〇〇万台(上り車線で約五、六〇万台)と推測されるが、本件現場付近で発生した事故は本件事故以外は全く窺えないこと。(この点につき証人淵本正毅の証言によると、二、三度田に車が落ちていたことがある旨の証言部分があるが、右証言はさだかなものとはいえないばかりか、本件すりつけ工事部分との関係を認めるに足る証拠は全く存しない。)
2 本件事故の態様等について
(一) 本件道路は、本件現場付近において、幅員(車両通行部分)約五・六メートル(片側約二・八メートルの一車線)で、直線の状態になつていること。そして、道路規制として公安委員会により最高速度が時速四〇キロメートルに制限され、また追越しのための右側部分へのはみ出し運転が禁止されていたこと。
(二) 淵本は、時速約六〇キロメートル位で進行中、本件現場手前付近で先行車両を追越そうとし、変速ギアをトツプからサードに切替え、一杯にアクセルを踏み込んで少なくとも時速約八〇キロメートル以上に加速したうえ、追越しのため右にハンドルを切つて対向車線に進出する際、ちようど本件すりつけ工事部分上を通過したこと。そして同人はあらかじめ本件すりつけ工事部分の存在に全く気がついていなかつたこと。及び、すりつけ工事部分から約四二・四メートルほどの間は対向車線内を進行したが、その後ブレーキをかけ、約二四・四メートルにわたりタイヤ痕を残して右方にゆるやかに弧を描くように進行して道路をはずれ、民家のブロツク塀に激突していること。
(三) 淵本は、昭和五二年三月二日に運転免許を取得したが、本件事故までの運転歴は断続的に約二ケ月余りであり、本件事故車はせいぜい一、二回しか運転したことはなかつたこと、また、右のわずかの間に整備不良車運転、速度違反等の違反を犯していること。
以上のとおり認定でき、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
三 右の事実によつて判断するに、前記のとおり原告らは、本件事故の原因は淵本がすりつけ工事部分を通過した際、その衝撃によりハンドルをとられたことにある旨主張する。
たしかに、路面のわずかな凸凹でも車に対しては衝撃として伝わり、運転者が相当の衝撃を感じることは否定し難いところであり、本件において淵本が車が跳上るような極めて大きな衝撃を感じたであろうことは容易に推認しうるところである。しかし、その衝撃の大きさは車のスピードを無視しては考えられないもので速度が速ければ速いほど大きな衝撃となるものであるし、また、相当の衝撃であつても車はこれを吸収しうるものであるから、運転者が感じた衝撃の程度が大きくとも未だ客観的には車が制動不能の状態にまでには至つていない場合も充分考えられる。
そこで以上の見地から検討するに、淵本はハンドルをとられた結果車がいわゆるすべり出す状態になつた旨述べている。ところで、車がすべり出す状態とは、路面の状態が正常であるとして、通常はカーブ等を曲る際スピードの出し過ぎのためタイヤの路面に対するグリツプ能力が限界を超え、遠心力等車の進行すべき方向以外の方向に働く力に抗し切れなくなり、ハンドルの方向、駆動輪のタイヤの回転に関わりなく、まず後輪から流れ出して横すべりし、進行すべき方向以外の方面に向う状態を指すのであるが、本件においては、すりつけ工事部分通過後約四二メートルも対抗車線内を進行(ほぼ直進)しており、進行しようとしている方向に車が流れ出して滑走するということ自体不自然(仮に進行方向以外の方向に力が働いたのに、これにも拘らず進行すべき方向に滑走したとすれば、それはハンドルをとられる以前極めて異常な高速で進行していたことになり到底時速八〇キロメートル程度の速度ではかかる事態は起り得ないものと考えられる。)であるが、仮に淵本の述べるとおりであるとすると、後記のとおり同人の運転技術の未熟さに照らすと車を制御して直進状態を保つことは全く困難で、ハンドルをとられた直後にそのままハンドルをとられた方向に向かつて道路外に飛び出すものと思われ、四二メートルも直進していることを合理的に理解できないし、また、車が流れ出している場合それのみ(ブレーキ等の措置によらなくても)で路面に何らかの痕跡が生じうるが、本件において直進している間はタイヤ痕等の痕跡は全く認められていないところである。
さらに、淵本は右の点に関し、車が流れ出したため修正しようとしたが、修正できなかつた旨述べている。しかし、車が流れ出しているとすれば、これを制御して車の姿勢を保つことはおよそ困難であり、このような状況下でハンドル又はブレーキ等の何らかの操作を行えば、かえつて車が急激に転把、逸走するか、又は、少なくとも相当の蛇行状態になるのが通常であるが、本件においては蛇行した形跡すら窺えないところである。そうすると、車が直進している間、淵本においてハンドル操作等何らかの制御措置を講じたとは到底思われず、また、この間、車は滑走状態にあつたものでもなく、せいぜいすりつけ部分通過直後、瞬間的にいわゆる尻を振るという状態が起つた程度にとどまるものと推認され、もとよりかかる状態は何ら制御不能の状態とはいえない。
次に、淵本は、民家ブロツク塀に激突する直前約二四メートル位の地点でブレーキをかけているが、時速約八〇キロメートルか、もしくはそれ以上とも思える高速の状態でタイヤ痕を残すような急制動をかけることは、単に運転技術が未熟であるという以上の危険極まりない行為というべきで、ましてや、仮にそれ以前に車が制御不能の滑走状態であつたとすればなおさらのことで、いわば自殺行為ともいうべきものである。
そこで、以上の諸点を総合すると、本件事故は、淵本において、追越しのためのはみ出し運転が禁止されているのに、制限速度の倍以上の時速八〇キロメートルか、もしくはそれ以上という高速で追越をかけ、さらに本件すりつけ工事部分の存在に全く気がつかないで対向車線に進出しようとしたため、すりつけ工事部分を通過した際大きな衝撃を感じて動揺し、多少は車の後部が振られるような状態が生じたとしても未だ必ずしも制御不能の状態ではなかつたにも拘らず、瞬間的な狼狽から的確な運転操作が出来ず、冷静な判断能力を失つたままあわてて急ブレーキをかけたため車がスリツプして道路外に逸走したことによるものと認められ、すりつけ工事部分は、未だ客観的にはいわゆるハンドルをとられるような重大な影響を与えていたとはいえず、また、淵本において時速八〇キロメートルもの速度を出さないで走行するか、あるいは、あらかじめすりつけ部分を認識して通過すれば、本件事故には至つていないものと認められる。
四 以上によれば、本件事故は、淵本のスピード違反、はみ出し禁止違反及び前方不注視を伴う無謀な暴走行為と運転の未熟さというもつぱら同人の過失によつて発生したものであり、すりつけ工事部分の直接の事故起因性を認めるに十分でないといわざるを得ない。
しかしながら、すりつけ工事部分が直接的でないとしても、事故発生の契機になつていることまでは否定できないので、念のため付言するに、国家賠償法二条一項一号にいう公の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうが、瑕疵があつたかどうかは当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきである。これを本件についてみるに、本件すりつけ工事部分は、全区間の舗装工事が完成するまでの間、これを通行する車両に影響を与えないようにとの配慮のもとに施され、本件事故が発生するまでに他に事故発生の事跡はなかつたことに照らし、施行方法においても何ら安全性に欠けるところはなかつたものというべく、本件事故は、前記のとおり、淵本の通常の用法に即しない行動に基づき発生したものというべきであるから、本件道路に瑕疵があつたものということはできない。従つて、かかる通常予測することができない事情によつて発生した事故について、被告らが道路の設置管理者としての責任を負うべき理由はない。
五 よつて、原告らの本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 郷俊介)
別紙 舗装補修工事終点部平面図
<省略>